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大阪高等裁判所 昭和55年(う)369号 判決 1980年10月08日

被告人 金在秀 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

検察官の控訴の趣意は、神戸地方検察庁検察官検事山本喜昭作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、被告人金の弁護人藤井信義作成の答弁書記載のとおりであり、被告人金及び同被告人の弁護人の控訴の趣意は、同被告人及び右弁護人各作成の控訴趣意書記載のとおりである(同被告人の控訴の趣意は、事実誤認と量刑不当の主張である旨釈明した。)から、これらを引用し、次のように判断する。

被告人金の控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、原判決は被告人金につき金ヒボクほか二名との共謀による覚せい剤の輸入及び関税法違反の事実を認定したが、被告人金は本件物件が覚せい剤であることを知らなかつたから、原判決には事実の誤認がある、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、被告人金は、検察官に対し、「釜山において田栄植のいる席などで金ヒボクから陶器に塗る薬品を日本に密輸して田栄植に渡すよう依頼され、本件物件を受け取つて貸物船天保号に持ち込んだが、航行中の船内で本件物件を調べた結果覚せい剤であるとわかつたので、被告人朴に指示して船内に隠匿させ、昭和五四年一月六日神戸港に入港後、田栄植との待ち合わせ場所になっている飲食店に赴いたものの同人に会えなかつたため、とりあえず港内の植え込み付近に隠しておこうとして、翌七日被告人朴に本件物件を持たせて一緒に下船したところ、税関職員の近づく気配がしたので急遽その付近に隠匿させ、同日前示飲食店で田栄植に会い、隠匿場所まで引き取りに来るよう頼むと、同人は持参するよう言い張り、話がまとまらないまま別れた。」旨供述していたが、原審及び当審公判廷においては、「釜山で金ヒボクから陶器に塗る薬品を神戸まで運んで田栄植に渡すよう依頼され、本件物件を受け取つて天保号に持ち込み、航行中の船内で中味を見たが、食塩のような感じがしただけで覚せい剤であるとは気づかず、その際、税関に申告するための説明書が見当たらなかつたので申告できないと思い、被告人朴に依頼して機関室に保管してもらい、神戸港入港後同被告人と一緒に下船して突提のごみ箱に捨てさせ、田栄植に会つたとき捨てたことを打ち明けた。」旨供述を変えるに至つている。そこで、以下右いずれの供述が信用できるかについてみることとする。

(1)  被告人金の検察官に対する供述調書は、覚せい剤であることを知るに至つた経緯、田栄植との会話の内容等被告人金自身の供述によらねば捜査官の知り得ない事柄について述べており、その内容も合理的である。

(2)  勾留質問の際にも、被告人金は、検察官に対する供述調書と同旨の相当詳細な供述をしている。

(3)  被告人金は、検察官による取調べの際押送の検察官から乱暴されたというが、検察官、検察事務官及び通訳人の目前で警察官が乱暴するということは考えがたい。

(4)  被告人金は、検察官に対する供述調書を通訳人から読み聞かせられ、間違いがないとしてこれに署名指印したところ、公判にいたり右調書には自分の供述したことと相違する記載がなされていることが判明したというが、検察官の五回にわたる取調べには合計四名の異なる通訳人が付されており(うち一名は二回通訳)、各調書の間に矛盾がないところからすると、通訳は適正を欠くものでなかつたことが認められる。

(5)  被告人金は、原審及び当審公判廷において、申告用の説明書がなく税関に申告できないため本件物件を捨てたと供述するが、天保号が神戸港突提に接岸した直後税関職員が船内に立ち入つており、その際本件物件は発見されていないのであるから、船内に置いていてももはや摘発される虞れはほとんどなくなつており、申告に必要な書類がないからといつて捨てるまでのことはなく、かりに捨てるにしても、海中に投じれば足りると思われるうえ、本件物件が税関職員によつて発見された場所は、保税上屋とコンテナにはさまれたところにあるビニール張りシートの下(天保号からの距離約四五〇メートル)であるから、捨てるにしてはきわめて不自然な場所といわなければならない。

右に述べたところからすると、被告人金の検察官に対する供述調書は信用できるのに対し、同被告人の原審及び当審公判廷における供述は信用できない。そうすると、被告人金は航行中の船内で本件物件が覚せい剤であることを知つたと認められるので、原判決には所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意中事実誤認、法令の解釈適用の誤りの主張について

論旨は、原判決は本件覚せい剤が被告人金、同朴はもとより田栄植(当審における分離前の相被告人)の所有とも認められず、第三者所有物の没収手続も行われていないとして、没収の言渡しをしなかつたが、本件覚せい剤は被告人金及び同朴が所持し共犯者の田栄植が所有するものであるから、被告人金及び同朴から没収しなければならず、かりに田栄植の所有でないにしても、共犯者たる金ヒボクの所有に属するものであつて、同人は外国に居住する外国人であるので、第三者所有物の没収手続を経なくても被告人金及び同朴から没収しなければならないから、原判決には事実の誤認があるとともに法令の解釈適用の誤りがある、というのである。

そこで、記録を調査し当審における事業取調べの結果をも参酌して検討するに、本件覚せい剤は、被告人金が釜山において金ヒボク及び田栄植から日本に密輸したうえ田栄植に引き渡すよう依頼されて受け取り、神戸港入港後被告人朴に携帯させて上陸したが、税関職員の気配を感じて保税地域内に隠匿し、田栄植に引き渡せないままに終つたものであるところから、被告人金及び同朴の所持したものと認められるが、金ヒボクと田栄植との間で本件覚せい剤の帰属関係等につきいかなる約束がなされたかは不明であるため、結局金ヒボク若しくは田栄植の所有するものであると択一的に認定するほかはない。このように、本件覚せい剤が金ヒボクの所有するものであることの可能性が残る以上、同人が外国に居住する外国人であることを考慮に入れても、同人に対し第三者所有物の没収手続がなされていないことの明らかな本件においては、被告人金及び同朴から本件覚せい剤を没収することはできないと解するのが相当である。

所論は、覚せい剤の所有者たる犯人が外国に居住する外国人である場合には第三者所有物の没収手続を要しないとする論拠として、(1)外国に居住する外国人がかりに当該外国で適法に覚せい剤を所持所有できる立場にあつても、我が国では合法的にこれを所持所有できない、(2)外国に居住する外国人が密輸の共犯者であつてみれば、我が国に入国した途端に検挙処罰されることになるのであるから、輸入された覚せい剤について正当に手続参加ができる者はいない、(3)告知が行われていない結果没収の言渡しがなされないことになると、検察官としては覚せい剤を所有者に還付しなければならなくなるが、所有者は還付を受けたそのときに不法所持となるなどの不都合が生じる、(4)外国に居住する外国人に対しても告知を要するとなると、外交ルートを通じなければならないなど多大の手数と費用がかかる、等の諸点をあげている。しかしながら、事案によつては当該物件が覚せい剤であるかどうかが問題になる場合もあるので、所有権を主張する者に十分弁解防禦を尽くさせる必要があるとするのが法の趣旨であると解されることにかんがみれば、所有者が外国居住の外国人であつても参加の機会を与えるべきであると考えるのが相当であり、参加の結果覚せい剤でないことが判明すれば右(1)のような問題は生じない。同様に、所有者が共犯者であるかどうかが問題になることもあるので、所有者にこの点に関する反証の機会を与える必要があることは、外国居住の外国人についてもいえることであり、参加の結果所有者は共犯者でないことが判明すれば右(2)のような事態も解消される。また右(3)の不都合は告知をすれば生じないし、没収の言渡しがなかつたことにより生ずべき不都合は、必要的没収でないけん銃について没収の言渡しがなかつた場合についても同様である(なお、所論は検察官が所有者に還付することになるというが、本件のように裁判所の押収にかかるものについては、正確には裁判所が被押収者に還付することになる。)。さらに、右(4)についても、我が国と刑事事件に関し司法共助協定を締結している国も存するので、一概に多大の手数と費用がかかるとはいえない。ことに、本件においては、金ヒボクの韓国における所在がわからないので、検察庁の掲示場における掲示をもつて足りるのである(最高裁判所昭和五四年(あ)第二、〇八九号昭和五五年六月一一日決定参照)。以上のとおりであるから、所論は採用のかぎりでない。

そうすると、原判決は、本件覚せい剤が田栄植の所有に属しないとした点で事実の誤認があるが、第三者所有物の没収手続がなされていないとして被告人金及び同朴からこれを没収していないのであるから、右誤認は判決に影響を及ぼさず、また法令の解釈適用の誤りもなく、論旨は理由がない。

検察官、被告人金の各控訴趣意中量刑不当の主張、同被告人の弁護人の控訴趣意について

検察官の論旨は、被告人及び同朴に対する原判決の量刑は軽きに失するというのであり、被告人金及び同被告人の弁護人の論旨は、被告人金に対する原判決の量刑は不当に重いというのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件は一・五キログラム余に達する大量の覚せい剤密輸入事犯であること、被告人金は営利目的で韓国から日本までこれを運んできた者であり、被告人朴は陸揚げに際し自らこれを所持した者であること、他方、本件覚せい剤は保税地域内で発見押収され、国内で売り捌かれずにすんだこと、被告人金は覚せい剤を預かつた当初はこれが覚せい剤であるとは気づかず、被告人朴は親しい被告人金の依頼で営利目的もなく加担した者であること、被告人金及び同朴には前科がないことなどの諸事情を勘案すると、被告人金に対し懲役四年、被告人朴に対し懲役二年に処した原判決の量刑は相当と考えられる。各論旨はいずれも理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審の訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して、被告人両名に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 兒島武雄 重富純和 山田利夫)

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